大慈寺跡|鎌倉幕府将軍繋がり、源実朝と宗尊親王ゆかりの大寺院(石碑を読む)
今回は金沢街道沿いにある「大慈寺跡」の石碑を読んでみました。これも今は廃寺ですけど、当時は新御堂と言われていて物凄く大きなお寺だったようです。 今も残っていた…
鎌倉に住んで、働いて、食べて、走って、遊んで、記録して、整理しています
今回は金沢街道沿いにある「大慈寺跡」の石碑を読んでみました。これも今は廃寺ですけど、当時は新御堂と言われていて物凄く大きなお寺だったようです。 今も残っていた…
今回は鎌倉市小町の宝戒寺前にある「北条執権邸」の石碑を読んでみました。夏の季節に向かうにしたがって、草花が石碑の周りを取り囲んで、どんどん読めなくなります・・…
今回は腰越の満福寺にある「義経宿陣之趾」の石碑を読んでみました。 石碑の多くは鎌倉中心部にあるのですが、腰越っていう鎌倉から結構離れた場所(今でもすぐ横が藤沢…
今回は鎌倉殿の13人の一人「大江広元」に関する石碑を読んでみました。結構、辺鄙なところに家が有ったんですね、それとも、金沢街道の六浦側の防御の為? 戦国武将で…
鎌倉市大船にある常楽寺。建長寺を開山する前に蘭渓道隆が滞在していたという臨済宗建長寺派のお寺なのですが、その裏にある粟船山に木曽義仲の嫡男「清水冠者義高(木曽…
今回も鎌倉市内に点在する石碑を読んでみようと思います。今回は昭和時代に建てられた、鎌倉七口の一つで有名な史跡についての石碑を読んでみます。 ちなみに、今ある極…
今回は鎌倉市内にある石碑の中で、荏柄天神社の入口付近にある石碑を読んでみました。 荏柄天神社は鎌倉幕府の前からある古い神社で、石碑の記載内容も多くて読むの大変…
今回は扇谷上杉家屋敷に関する石碑を読んでみました。上杉家は4つに分家しますけど、上杉の前に地名を付けてくれるので、なんとなくイメージ付きやすいですよね。 扇谷…
今回は玉縄首塚の石碑を読んでみることにしました。 今までの鎌倉町青年団の石碑と違って、こちらは玉縄史跡顕彰会という団体が昭和42年建立した石碑で、他の昔からあ…
今回は太平寺跡の石碑を読んでみることにしました。 以前「西御門」の石碑を読んだときに、この西御門周辺にはお寺が結構並んでたみたいだということが分かりましたね!…
今回は材木座にある谷戸の一つ、住民じゃないと知らないんじゃないかと思う場所にある「弁谷」の石碑を見つけたので、読んでみることにしました。 辨谷(弁谷|べんがや…
今回は住宅地の中に申し訳なさそうに設置してある石碑「土佐坊昌俊」を読んでみました。この石碑を読むまで、この人知りませんでした。。。 鎌倉検定の公式テキストブッ…
今回は、鎌倉市と横浜市金沢区をつなぐ歴史道「朝夷奈切通(あさいなきりどおし)」の石碑を読んでみました。大切通と小切通と二つあったなんて、石碑を読むまで知りませ…
今回は「宇津宮辻幕府(宇都宮辻幕府)」についての石碑を読んでみました。11年間という短い期間ですが、初の摂家将軍「藤原頼経」が長く住んでいた場所ですね。 ちな…
今回は金沢街道の大御堂橋近くにある文覚上人に関する石碑を読んでみました。好きな人を間違って殺してしまったり、めちゃくちゃな修行をしたり、とっても激しい人だった…
今回は金沢街道沿いにある「歌の橋」石碑を読んでみました。歌=和歌といえば、源実朝が頭に浮かびましたが、やっぱり石碑に書かれてましたね! 歌埜橋 「歌の橋」石碑…