和田朝盛|和田義盛の孫で、和田一族の嫡流。源実朝の重臣として仕える
和田朝盛(わだ とももり) 生没年不詳。和田義盛の孫。父の和田常盛は和田義盛の嫡男。源頼家、実朝に仕える。和田合戦では生き残るも、承久の乱では後鳥羽上皇方につ…
鎌倉に住んで、働いて、食べて、走って、遊んで、記録して、整理しています
和田朝盛(わだ とももり) 生没年不詳。和田義盛の孫。父の和田常盛は和田義盛の嫡男。源頼家、実朝に仕える。和田合戦では生き残るも、承久の乱では後鳥羽上皇方につ…
愛甲(三郎)季隆(あいこう すえたか) 生誕不詳(1150年?)-1213。横山党。相模国愛甲郡愛甲荘(現、厚木市愛甲)の御家人。 愛甲三郎館跡を見に愛甲石田…
飯田五郎家義(いいだ いえよし) 生没年不詳渋谷重国の五男として生まれ、大庭景親の娘を娶り平家方の武士だったが、源氏方に心を寄せていて、頼朝勢を土肥のへと逃避…
波多野義通(はたのよしみち) 1107-1167。相模波多野氏の5代目。摂関家領の相模国荘を所領としていた。筑後守。保元の乱で負けた、義朝の父為朝やその子供た…
佐原(十郎)義連(さわら よしつら) 生没年不詳。三浦義明の子(十男?)。三浦義連。鎌倉殿の13人に選ばれた、三浦義澄は兄。(かなり年齢は離れていると思われま…
今回は平安時代末期の武士、俣野景久について深堀してみました。 俣野(五郎)景久(またの かげひさ) 1147-1183。大庭景宗の四男。相模国鎌倉郡俣野郷(現…
土屋宗遠(つちや むねとお) 1128-1218中村荘司宗平の三男で相州土屋の領主。室町時代の上杉禅秀の乱で敗走するまで土屋の地を支配した。 ※芳盛寺では土屋…
梶原(平三)景時(かじわら かげとき) 1140?-1200。侍所所司。平家軍に属しながら石橋山の戦いで頼朝と見逃し、後に頼朝の寵臣へとなる。 梶原景時の通称…
大庭景親(おおば かげちか) 今回は、平良文の末裔「鎌倉景正」の流れを汲む大庭氏の一族「大庭景親」について調べてみました。平治の乱の後に、平家に忠実な家人にな…