平知康|鼓の名手、北面武士をきっかけに後白河法皇の近臣へ

平知康|鼓の名手、北面武士をきっかけに後白河法皇の近臣へ

2022-03-02

平知康(たいらのともやす)

生没年不詳
北面武士(平氏の武士)がきっかけとなり、後白河法皇の信頼を得て近臣となる。

大河ドラマ「義経」では、草刈正雄さんが演じられました。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、矢柴俊博さんが演じられます。

平知康の簡易年表

時期年齢出来事
生誕不詳0父:平知親
寿永2(1183)年法皇の使いとして木曽義仲に、京での乱暴狼藉を鎮めるよう要求
同年 11月法住寺合戦
平知康が指揮を執るも、木曽義仲に敗れ後白河院が幽閉される
元暦2(1186)年源義経に接近し、義経都落ち後に解官(検非違使?)
元暦元(1186)年鎌倉へ下向。2代将軍頼家の蹴鞠相手、側近となる。
建仁3(1203)年源頼家の修善寺幽閉にともない帰京
没年不詳

北面武士(ほくめんのぶし)

院御所の北側の部屋に詰めて、上皇の身辺警護や御幸に供奉する武士。白河法皇が創設。
延暦寺の強訴を防ぐために、主に軍事貴族が担当した。平清盛、佐藤義清(後の西行)などが有名。

頼朝から解官の奏上

平知康は源義経に同心していたため、頼朝から後白河院の奏上に解官するようにと記載した。

文治元(1185)年12月6日

解官の事について
左衛門少尉 平知康 他11名

行家・義経側となり、天下を乱そうとした良からぬ臣であるから、早く現在の官職を解いて追放されるべきである。

この同じ奏上には、九条兼実の内覧の推挙もありました。

九条兼実(藤原兼実)|頼朝に推挙され内覧に昇りつめた藤原摂関家の重要人物

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平知康ゆかりの地

法住寺(京都)

法住寺後白河上皇(法皇)が約30年にわたり院政を行った政庁。
木曽義仲と戦って敗北した、法住寺合戦の舞台です。

法住寺殿|後白河上皇が約30年にわたり院政を行った広大な政庁

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