玉縄北条氏|もう一つの北条氏、戦国時代の後北条氏と玉縄首塚を調べてみた

玉縄北条氏|もう一つの北条氏、戦国時代の後北条氏と玉縄首塚を調べてみた

2019-09-01

毎年8月19日に柏尾川沿いで玉縄首塚まつりをやっています。
どんな所縁があるのか、ちょっと気になったので調べてみようと思います。

北条氏時とは?(玉縄北条氏)

生誕不明。戦国時代の武将。北条早雲の次男?。初代、玉縄城主。氏時の資料が極めて少ないらしい・・・。

兄は北条氏綱。(小田原城主二代)
玉縄城を作ったのは北条早雲。氏時には子供がいなかったので、玉縄城主は氏綱の子へ引き継がれた。
また、里見氏に焼かれた鎌倉八幡宮時の再建に取り掛かったも北条氏綱。

北条氏時は影が薄い・・・。

鶴岡八幡宮の戦い

1526年。安房国の戦国大名「里見実尭(さねたか)」が鎌倉へ乱入。→鎌倉検定本の記載。
 ※最近の研究で里見実尭ではなくて、里見義豊が主導したことが判明。

里見軍が、戦いの最中に鶴岡八幡宮を炎上してしまい、玉縄城に向かう。
そこで、北条氏時が玉縄城と鎌倉の間の戸部川(柏尾川の別名)で里見軍を迎え撃ち、これを撃退。

柏尾川(戸部川)

この戦いで里見氏に討ち取られた北条氏一族35名を供養したのが玉縄首塚。

鶴岡八幡宮は源氏および鎌倉の守護神、里見氏歴代当主にとっても崇敬の対象。
このため、里見義豊の権威は傷ついて、身内の内乱へ。

この鶴岡八幡宮寺を立て直したのも北条氏綱。(小田原北条氏2代目)
また、北条氏綱の娘と太田道灌の孫(太田資高)が結婚し親戚関係に。

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玉縄城の最後の城主

1512年 北条早雲が玉縄城を築く
1590年 玉縄城6代目北条氏勝(うじかつ)が、豊臣秀吉に攻められて降伏
1619年 玉縄城廃城

玉縄城址

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玉縄首塚まつり

大船寄りの柏尾川沿いに、玉縄城主「北条氏時(うじとき)」が築いた首塚があります。
それを供養するお祭りです。

玉縄首塚

龍宝寺(りゅうほうじ)

鎌倉市植木には、玉縄北条氏の菩提寺として栄えたお寺があります。

龍宝寺

1503年 玉縄城3代目城主 北条綱成(つなしげ)が建立した瑞光院が始まり
1573年 玉縄城6代目城主 北条氏勝(うじかつ)が現在の地に移し、寺名を龍宝寺(4代城主氏繁の戒名)へ。

もともと裏山にあった玉縄三代のお墓も、今は本堂横にあります。

玉縄ふるさと館

龍宝寺の山門をくぐったすぐ左に、玉縄の歴史についての資料館があります。
入館料は200円。(受付には誰もいませんが・・・)

玉縄城や北条氏についての資料が結構ありますから、勉強になると思いますよ。

北条早雲公の像(JR小田原駅)

ちなみに鎌倉検定本には、北条氏綱、北条早雲が沢山掲載されています。
調べるなら、こちらの方だね。

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