鎌倉・杉本寺から始めた約3年間の日本百観音巡礼。
その旅の最後に訪れた北向観音もまた、源頼朝ゆかりの寺でした。
2017年11月17日、鎌倉最古の寺とされる杉本寺から始めた坂東三十三観音巡礼。
その後、西国三十三所、秩父三十四観音を巡り、2019年11月に日本百観音を結願しました。
そして巡礼を終えたあとに向かったのが、長野県の善光寺と、別所温泉にある北向観音です。
今回は日本百観音巡礼の締めくくりとして、上田電鉄に乗って別所温泉へ。
北向観音へお礼参りに行ってきました。
旅を終えてから改めて歴史をたどってみると、ここにも源頼朝や北条氏とのつながりがありました。
目次
日本百観音と北向観音
日本百観音とは、ご存じの方も多いでしょうが
西国三十三所+坂東三十三観音+秩父三十四観音=100霊場
を合わせた観音霊場です。
私の場合は、鎌倉の杉本寺から坂東三十三観音巡礼を始め、その後、西国・秩父へと巡礼を広げていきました。2019年11月7日、秩父三十四観音の結願寺である水潜寺を参拝し、100ヶ所すべてを巡り終えました。
ただし、これで旅は完全に終了……ではありません。
日本百観音の巡礼を終えた後には、長野県の善光寺と北向観音へお礼参りをする習わしがあるのです。
鎌倉・杉本寺から始まった3年間の巡礼
そもそも、なぜ日本百観音を巡ることになったのか。
きっかけは、やっぱり鎌倉でした。
坂東三十三観音の第一番札所は、鎌倉にある杉本寺です。(流れ|鎌倉→杉本寺→坂東一番札所)
杉本寺で最初の御朱印をいただいたのは、2017年11月17日。
そこから坂東三十三観音を巡り、西国三十三所、秩父三十四観音へと広がっていきました。
そして北向観音を参拝したのが2020年11月12日。約3年。
今振り返っても、なかなか長い旅でした(笑)。
ただ、鎌倉から始まったこの巡礼が、最後にもう一度「鎌倉」とつながることになります。
その話は、北向観音へ到着してから。
日本百観音のお礼参りをする観音様は二か所。
先日の善光寺に続いて、今回は北向観音へお参りに行ってきました。電車旅程です。
上田電鉄で別所温泉へ
北向観音があるのは、長野県上田市の別所温泉。上田駅からは、上田電鉄別所線で向かいます。
地方へ出かけたときは、よほど不便でない限り、できるだけ公共交通機関を利用することにしています。
なくなったら困りますからね(笑)
上田駅~別所温泉駅 約28分 590円 ※訪問当時(2020年11月)の記録です
※上田電鉄公式HPはコチラ
また、映画「サマーウォーズ」で、この上田電鉄別所線が描かれています。
「角間温泉」行きになってますけど。そうそう、サマーウォーズは信州上田が舞台なんですよね。


災害に伴う運転見合わせ
しかし、訪問した当時(2020年11月)は、2019年の台風19号の被害で、千曲川橋梁が被災し、上田駅~城下駅間はバスによる代行輸送でした。
実際にバスから復旧工事中の現場を見ると、本当に線路が途切れていました・・・・。
城下駅で代行バスから電車へ乗り換え、別所温泉を目指します。

城下→上田へ向かうのは乗り換えスムーズですけど、上田→城下への乗り換えの場合、城下駅で10分ほど待たされますね・・・。タイムロスですけどのんびり行きましょう。
※上田電鉄の運行状況・運賃などは訪問当時の情報です。現在の情報は上田電鉄の公式サイト等でご確認ください。
別所温泉を歩いて北向観音へ
別所温泉は、信州最古ともいわれる温泉地です。
温泉街には、木曾義仲ゆかりとされる「大湯」をはじめとした外湯もあります。

そして別所温泉駅から北向観音へ向かって歩いていくと、「北向観世音道」の案内も見ることができます。
かつて徒歩が移動の中心だった時代には、塩田平の重要な古道のひとつとして利用され、藩主が温泉湯治に向かう際にも使われた道だったようです。

別所温泉駅から北向観音までは約700m。
温泉街を歩いていくと、道路沿いに北向観音へ続く参道が現れます。
一度下って、そこから観音堂へ向かって再び上っていく。
この参道が、なんとも言えない良い雰囲気なんですよね。

北向観音を参拝
北向観音は、平安時代初期の825年、円仁(慈覚大師)によって開創されたと伝わる霊場です。
名前のとおり観音堂は北を向いており、南を向く長野市の善光寺と向かい合うような位置関係にあります。
古くから善光寺だけ、あるいは北向観音だけを参拝することは「片詣り」とされ、両方を参拝する信仰が伝えられてきました。

北向観音の境内はそれほど大きくありません。
建物としても、観音堂、鐘楼、額堂、御朱印所くらいしかなくて、30分もあれば見学&お詣りは十分だと思います。

御朱印
日本百観音(または坂東三十三観音)巡礼のお礼参りの御朱印です。
御朱印帳の北向観音のページには「善光寺対の寺」と書いてあり、これが最終頁になっています。
長い長い巡礼の旅も、これで本当のフィニッシュになりました。……長かった(笑)。

そんなことより、北向観音の周辺には、鎌倉時代の古刹「安楽寺」や「常楽寺」などがありますので、そちらへも足を運びましょう。
北向観音と鎌倉幕府|源頼朝による復興
ところが北向観音の歴史を調べていくと、いろいろと興味深いことが分かりました。
北向観音は825年の開創後、969年には平維茂によって大伽藍が整備されたと伝えられています。
しかし1182年、源平争乱の中で木曾義仲の兵によって伽藍が焼失。
その後、源頼朝の命によって伽藍が復興されたと伝わっているのです。
日本百観音巡礼のスタート地点は、頼朝が信仰したとも伝わる鎌倉の杉本寺。
そして約3年かけて巡礼し、最後のお礼参りとして訪れた北向観音にも源頼朝の足跡が残っていました。
狙って巡ったわけではありません(笑)
でも、こういうところで鎌倉につながる。
これが歴史をたどりながら旅をする面白さなのかもしれませんね。
塩田平と北条氏
北向観音と鎌倉とのつながりは、源頼朝だけではありません。
北向観音がある別所温泉を含む塩田平一帯は、鎌倉時代になると北条氏との関係が深くなっていきます。
1252年には、北条国時(塩田陸奥守)によって北向観音が再建されたとも伝えられています。
鎌倉時代には幕府の信濃守護職・北条氏が塩田に居を構えていますし、そして北向観音の周辺には、鎌倉時代の古刹である安楽寺や常楽寺もあります。
北向観音だけを参拝して帰ってしまうには、ちょっともったいない場所。
別所温泉から塩田平へと足を延ばしていくと、信州に残された鎌倉時代の歴史が次々と見えてきます。
この周辺については、別記事で「鎌倉ゆかりの地」として紹介しています。
日本百観音巡礼、結願へ
2017年11月17日、鎌倉の杉本寺から始まった観音巡礼。
坂東三十三観音、西国三十三所、秩父三十四観音。合わせて100ヶ所の観音霊場を巡り、最後に善光寺と北向観音へお礼参りしました。
北向観音を参拝したのは、2020年11月12日。
約3年間の巡礼は、これで本当に終了です。
巡礼の最後に、再び源頼朝へ
坂東三十三観音は、源頼朝・実朝の鎌倉時代に成立したとされる観音霊場です。
そのため、鎌倉・杉本寺から始まった坂東三十三観音の巡礼で、源頼朝や鎌倉幕府とのつながりに出会うこと自体は、それほど意外なことではありませんでした。
ところが坂東を巡り終え、さらに西国三十三所、秩父三十四観音へ。巡礼は鎌倉を離れ、関東を越え、日本百観音へと広がっていきます。
そして100ヶ所を巡り終え、最後のお礼参りとして訪れたのが、信州・別所温泉の北向観音でした。
そこで再び出てきた名前が、源頼朝です。
1182年に木曾義仲の兵によって焼失した北向観音は、その後、源頼朝の命によって復興されたと伝わっています。
坂東三十三観音を巡っている途中で頼朝に出会うのなら分かる。
でも、坂東を飛び出し、日本百観音を巡り終え、その最後のお礼参りで再び頼朝に戻ってくるとは思ってもいませんでした。
鎌倉・杉本寺から始まった約3年間の巡礼。
ずいぶん遠くまで来たつもりだったのに、最後にもう一度、鎌倉へつながりました。
日本百観音巡礼を終えて残ったのは、100ヶ所を巡ったという達成感だけではありません。
ひとつの場所を入口にして歴史をたどっていくと、離れた土地同士が思いがけないところでつながっていく。
北向観音は、そんな旅の面白さを改めて感じさせてくれた、私の日本百観音巡礼の最後の場所になりました。おしまい。
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西国・坂東・秩父からなる「日本百観音」を一冊で紹介。
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🥈 坂東三十三観音を巡るなら
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