誓願寺(せいがんじ)
名古屋市熱田区にある誓願寺は浄土宗の寺院。
享禄2(1529)年に、熱田大宮司の藤原氏別邸跡に創建した。本尊は「阿弥陀如来」
誓願寺と源頼朝について
源義朝の正室「由良御前」が身籠もり、ココ熱田の実家に帰り、頼朝を産んだと言われる場所。

誓願寺の山門には、徳川家の葵の紋。
誓願時の開祖「善光上人」が時代の徳川家康(当時は竹千代)の教育係であり、徳川家との所縁が深いため。

山門の左側には、名古屋市教育委員会が立てた「源頼朝出生地」の説明板が建っています。
正門の左側に車一台分が通れる道があり、その先に下記の通り駐車場があります。
第二次世界大戦の空襲で本堂などが焼失し、今はコンクリート造りの本堂になっています。

誓願寺への入口付近に、尾張名所図会の説明板も設置されています。
この図絵によると、昔は境内(本堂奥)に頼朝祠、頼朝誕生水(産湯の井戸)などもあったと書かれています。
また、誓願寺の右側には「きよめの?所」が書かれていて、ココで身を清めて熱田神宮へ参拝したとか、頼朝の助命嘆願をした「池禅尼(清盛の継母)」の屋敷があったとも伝わっているようです。

誓願寺の場所
▶ 愛知県名古屋市熱田区白鳥2-10-12|🅿あり|
源頼朝出生関連の知識
熱田大宮司
熱田大宮司とは、熱田神社の神職の長の事。
長く熱田大宮司を務めていた尾張氏が、11世紀末に外孫だった「藤原季範」に職を譲渡。
それ以降は、代々藤原氏が継承した。

熱田神宮の境内には、中世の頃の歴史が書かれ、源頼朝が登場しています。

源頼朝周辺の系図
頼朝の父「源義朝」は長男「義平」から9男「義経」まで、9人の男子を産んでいますが、正室の由良御前から生まれた男子は、頼朝と希義(まれよし)です。
藤原季範(熱田大宮司)
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源義朝=====由良御前(正室)
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源頼朝 源希義 坊門姫(一条能保室)
頼朝の挙兵後、希義は四国(高知)にて平家方に討たれて亡くなっています。
