世界遺産 奈良・南朝|鎌倉ゆかりの地と後醍醐天皇ゆかりの地

世界遺産 奈良・南朝|鎌倉ゆかりの地と後醍醐天皇ゆかりの地

2020-01-05

今回は鎌倉を離れて、主に南北朝時代の後醍醐天皇を調べてみようと思います。知識の幅は徐々に広げていかないと面白くないですからね。

奈良 南朝(世界遺産)

奈良・南朝についてはYoutubeにてショートムービーを作成していますので、概要や吉野の雰囲気を掴んで頂けたらと思います。

第96代天皇 後醍醐天皇

後醍醐天皇は第96代天皇。

1333年 鎌倉幕府を滅ぼす
1334年 後醍醐天皇による建武の新政始まる
1336年 足利尊氏が室町幕府開府し、後醍醐天皇が京を脱し吉野に入る
 ここに南北朝が始まる
1339年 後醍醐天皇崩御。後村上天皇が引き継ぐ。
1392年 南北朝合一

建武の新政はたった3年で終わってしまったんですね。。。

如意輪寺

浄土宗。本尊が如意輪観音菩薩。後醍醐天皇の勅願寺。

太平記に、楠木正行(くすのきまさつら)が、辞世(じせい|この世に別れを告げること)の歌を如意輪堂の扉に刻んで出陣したと書いてるみたいです。
 ※楠木正行:南北朝時代の武将。楠木正成の嫡男。

出陣とは、1348年の足利軍の高師直と戦った四条畷の戦い。君主は後村上天皇。

賀名生皇居跡

読みにくいですけど、賀名生=「あのう」です。

建武の新政に失敗した後醍醐天皇から、京都から逃げ出してまず留まった場所がココ。
その後、吉野山に移るんですね。

賀名生は梅林で有名。
大和三大梅林は、月ヶ瀬(奈良市)、広橋(下市町)、賀名生(五條市)

吉水神社

ご祭神は後醍醐天皇。
もともとは吉野修験宗の僧坊だったけど、明治時代の神仏分離で神社になった。

2004(平成16)年登録の、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成施設の一つ。
吉野山~熊野三山に至る参詣道が大峰奥駈道で、役行者が開いた修験者の修行道。

後醍醐天皇の行宮(あんぐう|一時的な宮殿)。

1185年:源義経は静御前・弁慶らとここに逃げ、義経潜居の間がある。「吾妻鏡」より。
1594年:豊臣秀吉の花見本陣。

最古と言われる重要文化財の書院造の建造物がある。

吉野神宮

明治22年創建。後村上天皇の勅命で刻まれた後醍醐天皇像がご神体。
後醍醐天皇の心を偲び、京都に向かって北向きに建てられている。

後村上天皇

1328-1368年。97代天皇&南朝2第天皇。後醍醐天皇の第7皇子。

護良親王(後醍醐天皇 第3皇子)

後醍醐天皇の子供である「護良親王」は、父親に打倒鎌倉幕府に呼応して、僧から還俗し、ココ吉野で挙兵しました。

金峯山寺

大塔宮(護良親王)の御陣地ということで、金峯山寺の大きな本堂の前に石碑が建っています。

護良親王の墓(鎌倉市)

五條・吉野には他にも沢山の神社やお寺がありますが、後醍醐天皇ゆかりの地ってそれほど多くありませんでした。

吉野は昔の天武・持統天皇の時代から役行者の修験道などの長い歴史があるので、時代区分をしっかり理解してないと、混乱のもとになりますね!

まずは南北朝時代の吉野をしっかり整理して抑えて、次の時代へアプローチですね。

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鎌倉と同じ古都である「奈良」についてもっと詳しくなりたいと、鎌倉との関連を詳しく知りたいと、と言うことで、奈良検定も受験しました。

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