筋替橋|1247年「宝治合戦」三浦泰村と安達景盛が戦った鎌倉十橋(石碑を読む)
筋替橋(すじかえばし)は、鶴岡八幡宮の東側、雪ノ下にあったとされる鎌倉十橋のひとつです。 現在は橋そのものではなく旧跡案内石碑が残り、1247年(宝治元年)の…
筋替橋(すじかえばし)は、鶴岡八幡宮の東側、雪ノ下にあったとされる鎌倉十橋のひとつです。 現在は橋そのものではなく旧跡案内石碑が残り、1247年(宝治元年)の…
今回は英勝寺の前に建てられている「太田道灌邸旧跡」の石碑を読んでみることにしました。いつもより文章が長かったので、なかなかキツかった(汗) はじめに この石碑…
今回は扇ガ谷の住宅街の奥地(谷戸の奥)にたたずむ、相馬師常の墓の石碑を読んでみました。埋葬されている人(特にそれが有力武士とか)が特定されているやぐらって相当…
鎌倉市に約80基ほど設置されているという旧跡案内石碑。 インターネット上には既に、多くのこれら石碑を解説したページも沢山ありますが、自分で見つけて読むことが理…
今回は長谷にある石碑「染屋太郎大夫時忠邸阯」の石碑を読んでみることにしました。昔の人の名前って姓と名の間に役職とか付いてくるので難しいですよね。 いまで言う「…
新居閻魔堂跡 今回は新居閻魔堂跡の石碑を読んでみることにしました。とは言うものの、今は私有地の奥にあって自由に見ることはできません。 先人方のウェブサイトなん…
万葉集研究遺跡(妙本寺境内) 今回は妙本寺境内にある「万葉集研究遺跡」の石碑を呼んでみました。 比企氏の出身と言われている、天台宗の学問僧「仙覚律師」が生涯を…
今回は、今は廃寺となっている「理智光寺址」の石碑を読んでみました。廃寺となった鎌倉のお寺は多くて、今あるお寺だけでも100を超えるのに、把握するのが大変です(…
今回は、北条高時腹切りやぐらの入口に立っている東勝寺旧蹟の石碑を読んでみました。鎌倉幕府終焉の地で、870名もの大人数が自害したとんでもないところ。 心霊スポ…
今回は、湘南モノレール沿い(湘南深沢~湘南町屋間)にある、洲崎古戦場の石碑を読んでみました。古戦場って、戦国時代の戦いの史跡みたいですね! 石碑も昭和31年と…
今回は葛原岡神社にある「日野俊基朝臣」の墓についての石碑を読んでみました。この神社、結構穴場で好きなんです。 初詣とかココのことが多いです。(ホントは鶴岡八幡…
永安寺跡(ようあんじあと) 今回は「永安寺跡」の石碑を読んでみることにしました。ちなみに、この石碑、現在は私有地内にあるので、実際に石碑を見ることは出来ません…
今回は源氏山公園内(葛原岡神社側)にあった、「藤原仲能之墓(ふじわらのなかよしのはか)」石碑を読んでみました。藤原仲能って誰?という疑問と、新しい人物を知るこ…
聖福寺阯 今回は稲村ケ崎の僻地にある石碑をようやく発見したので、足を運んできました。 「聖福寺阯」石碑の場所 聖福寺阯の石碑の場所は、稲村が﨑といっても海側で…
今回は日蓮関連の石碑の中でも「辻説法」の石碑を読んでみました。日蓮についてのことより、この場所が当時、人通りも多くて栄えていたことが分かって楽しいですね。 今…
今回は、鎌倉市にある鎌倉十橋の一つにもなっている「乱橋」の石碑を読んでみました。「らんばし」って読んでしまいそうですが、正式には「みだればし」と読みます。 読…