諏訪頼重の供養塔|北条時行を諏訪まで連れ出した、諏訪大社の大祝

諏訪頼重の供養塔|北条時行を諏訪まで連れ出した、諏訪大社の大祝

諏訪頼重

諏訪頼重(すわ よりしげ)は、鎌倉時代後期に生まれた諏訪大社の大祝(おおほうり|神職)。
また、執権北条氏の御内人。太平記で専横が酷かった長崎氏が有名ですが、それと同じ従者です。

1333年に、討幕軍の新田義貞によって鎌倉幕府が滅ぼされたとき、北条一族と共に多くの御内人も東勝寺で自害しましたが、諏訪頼重は北条高時(得宗家嫡流)の次男「北条時行」を諏訪まで匿います。

その後、北条時行を奉じて、中先代の乱を起こし鎌倉を一時的に奪還します。

※ちなみに、200年後の戦国時代に「諏訪頼重」という同姓同名の人物がいますが、当然ながら違う人物です。

諏訪照雲頼重の供養塔へのアクセス

諏訪大社上社大祝だった「諏訪頼重」は、少し離れた上社前宮にある「大祝様御屋敷地」に住んでいたと思われ、その近くに供養塔(五輪塔)が置かれています。

照雲は諏訪頼重の別名で照雲入道とも。

神職の方なのに、出家後のような名前を使うなんて、この辺も神仏習合によるものなのでしょうか。

住所 〒391-0013 長野県茅野市宮川2035

諏訪大社上社前宮は、明確な境内が分からないくらい生活道や住居のような建物が建っていて、供養塔も鳥居と本殿の間の道をすこしズレた場所にあります。

24時間お参りが可能です。諏訪大社上社前宮の駐車場を利用しましょう。

諏訪大社上社前宮

諏訪大社は二社四宮あります。
二社は上社(諏訪湖の南側)と下社(諏訪湖の南側)に分かれ、それぞれに二つの宮があり、計四宮。
四宮に序列は無いらしいです。

諏訪頼重の供養塔があるのは諏訪大社上社前宮です。諏訪頼重は諏訪大社上社の大祝と伝わっているので、下社には別の大祝がいると思われます。

ご祭神は、建御名方神(たけみなかたのかみ)と八坂刀売神(やさかとめのかみ)。
いずれも国津神(大国主神を主とする出雲王国(地上)の神様)です。

諏訪大社前宮の案内図

鳥居の側に上図の案内板が設置しています。
一番下の東西に走っている少し太い線が「国道152号線」、これを右に進んで行くと上社本宮へ着きます。

諏訪頼重の供養塔は「照雲入道墓」と書いています。

鳥居をくぐって真っすぐ歩いて行くと、前宮本殿が見えてきます。
その奥には鎌倉道遊歩道が通っています。

鎌倉道遊歩道

鎌倉道遊歩道の説明板には、

この地域で鎌倉道と呼ばれていた場所をもとにして、遊歩道がつくられました。

鎌倉道遊歩道説明板

と書かれています。全長5.5kmと全部歩くとかなりの長さですが、諏訪大社前宮本殿の奥にある12地点から19方面に向かって歩いて行くと、手ごろな距離になります。

分岐道には、鎌倉道遊歩道の道標も設置されていて、道は奇麗に整備されています。また、山道というか里山道(奈良にある山の辺の道に近いかな?)ですので、気負わずに歩けます。

鎌倉道遊歩道を歩き終えたら、近くの神長官守矢資料館に立ち寄るのも良い史跡歴史巡りコースだと思います。

またこの辺には諏訪大社の神職たちの邸宅跡があったようで、いろんな席次の説明板が設定されています。

現人神 大祝・・・・・諏訪頼重
第一位 神長官・・・・守矢氏
第二位 禰宜太夫
第三位 権祝(ごんのほうり)
第四位 擬祝(ぎほうり)
第五位 福祝

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