石山寺|頼朝も寄進した、西国巡礼十三番札所、紫式部ゆかりの寺としても有名

石山寺|頼朝も寄進した、西国巡礼十三番札所、紫式部ゆかりの寺としても有名

大本山 石山寺(いしやまでら)

石山寺(公式HP)は、滋賀県大津市石山寺にある東寺真言宗(総本山は教王護国寺)の大本山の寺院。

聖武天皇の勅願により、天平19年(747年)に良弁僧正(東大寺を開山した僧)によって開基。山号は石光山。本尊は如意輪観世音菩薩。西国三十三所観音霊場第13番札所。

石山寺境内案内図(入口)

日本遺産の文化財

平成27年(2015)4月24日
琵琶湖とその水辺景観- 祈りと暮らしの水遺産

令和元年(2019)5月20日
1300年つづく日本の終活の旅 ~西国三十三所観音霊場~

の構成文化財として日本遺産に認定されました。

紫式部ゆかりの地

本堂内には「源氏の間」というのがあり、紫式部が「源氏物語」を書いたところと伝わっています。

石山寺へのアクセス

電車の場合

JR石山駅から京阪バス(石山寺山門前下車)で約10分

石山寺山門前は終点ではなく路線バスの途中のバス停です。
なのでバスの行先としては「大石小学校」「石山団地」等になり、分かりにくいです。

または、

京阪石山寺駅から徒歩で約10分

徒歩の場合は瀬田川沿いに約800m平たんな道を歩くだけなので、猛暑、極寒の時期以外はおススメです。
京阪石山寺駅にも、バス停「京阪石山寺」があります。隣バス停が「石山寺山門前」です。

車の場合

石山寺観光駐車場に普通車約140台分が確保されています。駐車料金は600円です。
※2021年9月現在

鎌倉幕府(鎌倉殿・御家人)ゆかりの史跡

石山寺の中で、源頼朝を中心とした鎌倉幕府や清和源氏、その周辺に関連する人物にゆかりのあるものをピックアップしてみました。

東大門

石山寺の顔ともいえる東大門。
説明板には「現在の門は、建久元年(1190)の建築と言われていますが」と書かれています。

この建築に源頼朝が関わっている(寄進?)と伝わります。

多宝塔(国宝)

石山寺の境内の中でも上部にあり多宝塔。
説明板によると「石山寺多宝塔は源頼朝の建立と伝えられ」とあります。

頼朝が亡くなる5年前、建久5年(1194)の銘がある現存最古の多宝塔です。

源頼朝&亀谷禅尼 宝篋印塔

多宝塔の近くにある石山寺宝篋印塔。
説明板によると「右側の一基が源頼朝の供養塔と伝えられています」

もう一人の名前は「亀谷禅尼」
亀谷禅尼は源頼朝の次女(三幡)の乳母であり、石山寺の毘沙門天に戦勝祈願をした中原親能の妻です。

中原親能の館が鎌倉の亀谷にあったので、亀谷禅尼と名乗ったのでしょう。

中原親能の妻は、剃髪後石山寺に住し石山の尼と呼ばれ、頼朝に石山寺の再興を勧めたのも彼女です。

月見亭

保元年間(1156-1158)に後白河天皇の行幸の際に建立された月見亭。

多宝塔の東、を見下ろせる眺望の良い場所に建っています。崖に張り出した懸崖造りの建物でちょっと怖いぐらいな場所です。

毘沙門堂

毘沙門堂の左側には石山寺縁起絵巻の一場面が書かれた説明板があり
「源頼朝の側近であった中原親能は、和束で起こった反乱の討伐に向かうにあたって石山寺に詣で」とあります。

親能の前に毘沙門天が現れ、無事に反乱を鎮めることが出来たと。

中原親能夫婦にとって、石山寺はゆかりの地ですね。

源義平かくれ谷

石山寺の巡拝供養券に掲載している石山寺境内図。
この中に、石山寺の境内の奥、八大龍王社のそばに「源義平かくれ谷」という表記があります。

源義平は、平治の乱で亡くなった鎌倉悪源太義平と言われた頼朝の兄。

小さな塚があるようなのですが、お寺の方に聞くと、現在は非公開だそうです。
八大龍王社の周りの山はフェンスで囲まれて入れない様になっています。

鎌倉の歴史把握に役立った書籍

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