阿佛邸旧跡|京から出てきて月影ヶ谷へ、紀行文「十六夜日記」の著者(石碑を読む)

阿佛邸旧跡|京から出てきて月影ヶ谷へ、紀行文「十六夜日記」の著者(石碑を読む)

2020-06-07

阿佛邸旧跡(あぶつに|石碑)

阿佛邸旧跡

「阿佛邸旧跡」石碑の場所

実際に阿仏尼が住んでいた場所は石碑よりもっと谷の奥側と言われています。
石碑は江ノ電沿いにあって、江ノ電と一緒に撮影できますよ!

石碑に書かれている文字は?

阿佛ハ藤原定家ノ子為家ノ室ニシテ和歌ノ師範家冷泉家ノ祖為相ノ母ナリ
為相ノ異母兄為氏為相ニ属スベキ和歌所ノ所領播磨細川ノ庄ヲ横領セ出ヲ以テ之ヲ執権時宗ニ訴ヘ其ノ裁決ヲ乞ハジトシ建治三年京ヲ出デテ東ニ下リ居ヲ月景ガ谷にトス
即チ此の地ナリ
其ノ折ノ日記ヲ十六夜日記ト伝ヒテ世ニ知ラル
係争久シキニリテ決セズ弘安四年遂ニ此ニ没ス

大正九年三月建之 鎌倉町青年會

阿仏尼は藤原定家の子「為家」の妻で、和歌の師範「冷泉家」の祖、為相の母である。
為相の異母兄「氏為」は、為相が相続するはずの所領「播磨細川庄」を横領したため、これを執権「北条時宗」に訴えて裁決を求めるために、建治三年京を出て鎌倉に来て、住まいを月影ヶ谷に選んだ。
それがこの地である。
その時の日記を「十六夜日記(いざよいにっき)」と伝わり世に知られている
裁判はなかなか決まらず、弘安四年、ついにこの地で亡くなった。

大正9年3月建立 鎌倉町青年会

※間違ってたらごめんなさい。

事前知識(漢字・用語編)

:現在の「弥」 → 遠い、久しい、いよいよ

事前知識(歴史編)

藤原定家

1162~1241年。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公家・歌人。
小倉百人一首の撰者。

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建治三年

1277年。けんじ。1275年~1278年。
前元号は「文永(ぶんえい)」、次元号「弘安(こうあん)」。対モンゴルで大変な時!

弘安四年

1281年。こうあん。1278年~1288年。
前元号は「建治(けんじ)」、次元号は「正応(せいおう)」

阿仏尼(あぶつに)

阿仏尼さんについては、下記のページでまとめていますので、ご覧ください。

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