青砥藤綱|鎌倉時代後期の引付衆メンバーの一人(石碑を読む)

青砥藤綱|鎌倉時代後期の引付衆メンバーの一人(石碑を読む)

2020-08-04

今回は東勝寺橋のすぐ横に立っている「青砥藤綱」の石碑を読んでみました。
生没年不詳であまり詳しいことが分かっていませんけど、鎌倉にはこの人の石碑が2個もあるんですよねー。

青砥藤綱旧蹟

青砥藤綱旧跡

「青砥藤綱旧蹟」石碑の場所

石碑に書かれている文字は?

太平記ニ拠レバ藤綱ハ北條時宗貞時ノ二代ニ仕ヘテ引付衆ニ列リシ人ナルガ甞テ夜ニ入リ出仕ノ際誤ツテ銭十文ヲ滑川ニ堕シ五十文ノ續松ヲ購ヒ水中ヲ照ラシテ銭ヲ捜シ竟ニ之ヲ得タリ時ニ人々小利大損哉ト之ヲ嘲ル
藤綱ハ
「十文ハ小ナリト之ヲ失ヘバ天下ノ貨ヲ損セン五十文ハ我ニ損ナリト雖亦人ニ益ス」
旨ヲ訓セシトイフ
即チ其ノ物語ハ此ノ邊ニ於テ演ゼラレシモノナラント傳ヘラル

昭和十三年三月建 鎌倉町青年團

太平記によれば、青砥藤綱は北条時宗、貞時の2代に仕え、引付衆にだった人物だな、昔、夜に出勤の際に誤って10文を滑川に落としてしまい、50文で松明を購入し、水中を照らしてお金を探し、見つけることが出来た。
その時、人々は、小さい儲けの為に大きな出費をしていると馬鹿にした。
藤綱は、
「10文は小さいかもしれないが、これを失ったら世のお金が損をする。50文は自分にとっては損かもしれないが、世の人々にとっては利益である」
という話をした。
この物語はこの辺(東勝寺橋)付近の事だったと伝えられている。

※間違っていたらごめんなさい。

事前知識(漢字・用語編)

出仕:しゅっし|勤めに出ること
甞テ:かつて
續松:たいまつ
竟ニ:ついに
:いえども
亦人:また

事前知識(歴史編)

引付衆

鎌倉幕府の職名の一つ。1249年、評定衆の下に御家人の領地訴訟の裁判の迅速さと公正さの為に設置。
頭人-引付衆-引付奉行。

太平記

全40巻。後醍醐天皇の即位から2代将軍足利義詮の死去までを描く。

青砥藤綱

生没年不詳。鎌倉時代後期の武士。
学問に優れ、儒教や仏教に広い知識を有していた。

青砥藤綱の自宅に関する石碑の内容はコチラ。

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東勝寺橋

青砥藤綱の石碑が置かれている場所は、この東勝寺橋の場所になります。
ここで、10文のお金を落としてしまったんでしょうね!

ちなみに、東勝寺橋は鎌倉十橋ではありません。

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