熊野神社|北条氏家来の甘糟氏が建てたヤマトタケルをお祀りする大船の鎮守

熊野神社|北条氏家来の甘糟氏が建てたヤマトタケルをお祀りする大船の鎮守

鎌倉市には熊野神社が何ヶ所かありますが、今回は大船にある熊野神社について見ていくことにします。

熊野神社(大船)

鎌倉市大船にある熊野神社です。

所在地の通り、大船の鎮守社になっています。この地を治めていた甘糟氏(上杉氏・北条氏の家来)が室町時代中期に守護神として建てたと伝わっています。

甘糟氏についてもっと詳しく(石碑・玉縄首塚)

ちなみに熊野神社の鳥居の横には真言宗「多聞院」があって、こちらは熊野神社を管理する別当寺としてやはり甘糟氏が持ってきたお寺です(瓜が谷にあった観蓮寺を移転)

鳥居をくぐり、30段ほどの階段を登ると熊野神社の境内です。目の前に本殿があり、左側に神楽殿、右側には末社の神明社があります。

熊野神社(大船)には、神社についての説明板が全く無いので、情報は各種文献(鎌倉検定本、かまくら子ども風土記など)を参考にさせて頂きました。

本殿

「熊野社」の額が掲げられています。
本殿の中には「熊野権現像」が安置されていましたが、今は甘粕家に預けられているようです。

そう、この甘粕氏はまだ続いてまして、近くに大きな甘粕屋敷があり、今はレンタルスペースや宿泊(一棟貸し)もできるようになっています。

ご祭神

日本武尊(やまとたけるのみこと)

熊野神社(大船)では、古代の英雄「ヤマトタケルノミコト」を祀っています。熊野本宮大社(和歌山県)では日本武尊を祀っていないので、この辺のつながりは良く分かりませんね・・・。

【末社】金比羅社(神明社)

本殿の右隣りにある社です。
もとからこの場所にあるのではなくて、近くにあった社を江戸時代初期(1625年)に甘糟(時綱)氏がこの場所に移したようです。

なので客殿扱いで末社になります。

ちなみに末社というのは、ご祭神とはあまり関係のない客分の神様をお祀りしている神社のことを言います。ご祭神と縁の深い神様をお祀りしている神社は摂社と言いますね。

また、両方合わせて摂末社と言ったりもします。

ご祭神

・崇徳上皇

平安時代後期、1156年に起きた保元の乱で後白河天皇に敗れて讃岐に配流となり、その地で没した「崇徳天皇」をお祀りしています。

崇徳上皇側には源為義(義朝の父)、源為朝(義朝の弟)が味方しましたが、後白河天皇には源義朝(頼朝の父)が味方し、家族が二分してしまいました。

香川県にある金刀比羅宮(ことひらぐう)では、讃岐国に流された崇徳上皇は金毘羅大権現を崇敬し、その地で亡くなるとその神霊を本殿にお迎えしたそうです。

熊野神社データ

・手広熊野神社
・熊野新宮(極楽寺)
・熊野権現社(稲村ケ崎)
・熊野権現社(荏柄天神社)
・熊野神社(浄明寺)
・朝夷奈熊野神社(横浜市)

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