北條執権邸|鎌倉時代に栄華を極めた邸宅跡(石碑を読む)

北條執権邸|鎌倉時代に栄華を極めた邸宅跡(石碑を読む)

2020-08-21

今回は鎌倉市の宝戒寺門前にある「北条執権邸」の石碑を読んでみました。
夏の季節に向かうにしたがって、石碑の周りを草が取り囲んで、どんどん読めなくなります・・・。

北條執権邸旧蹟

北條執権邸旧跡

「北条執権邸旧蹟」石碑の場所

石碑に書かれている文字は?

往時此ノ地ニ北條氏ノ小町亭在リ。義時以後累代ノ執権概ネ皆之ニ住セリ
彼ノ相模入道ガ朝暮ニ宴筵ヲ張リ時ニ田楽法師ニ列座ノ宗族巨室ト倶ニ直垂大口ヲ争ヒ解キテ纏頭ノ山ヲ築ケリト言フモ此ノ亭ナリ
元弘三年新田義貞亂入ノ際灰儘ニ帰ス
今ノ寶戒寺ハ建武二年足利尊氏ガ高時一族ノ怨魂弔祭ノ為北條氏ノ菩提寺東勝寺ヲ此ノ亭ノ故址ニ再興シ以テ其ノ号シ改メシモノナリ

大正七年三月建之 鎌倉町青年會

昔、この場所に北条氏の小町亭があった。北条義時以降、代々の執権は概ねこの場所に住んだ。
相模入道(北条高時)が、朝晩に宴会を実施し、時に田楽法師に対して居並ぶ北条一族等と共に、垂直や大口を競って脱いで、褒美で山のようになったという話もこの亭である。
1333年(元弘3年)新田義貞の鎌倉攻めの際に、跡形もなくすっかり焼けてしまった。
今の宝戒寺は、1335年(建武2年)に足利尊氏が北条高時一族の怨恨を弔う為に、北条氏の菩提寺であった東勝寺をこの亭址に再興して、その名前を改めたものである。

※間違っていたらごめんなさい。

事前知識(漢字・用語編)

宴筵:えんえん|宴会
:ツイ、む(かう)|応じる、相手
列座:れつざ|その場所に並び座ること
巨室:きょしつ|大きな家、勢力のある家
直垂:ひたたれ|武家社会で用いられた男性用衣服
大口:大口袴の略
纏頭:てんとう|祝儀、演芸などをした者に、褒美として衣服・金銭などを与えること

事前知識(歴史編)

相模入道

北条高時の異称。鎌倉幕府14代執権。1316年相模守となり、1326年出家したころからの呼び方。

建武二年

1334-1336年。けんむ。後醍醐天皇(南朝方)、光明天皇(北朝方)の時代

金龍山 宝戒寺

天台宗。鎌倉時代が終わった1335年の創建。ハギの寺として有名です。

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東勝寺跡

宝戒寺から山の方へ歩いて行くと東勝寺跡に到着します。
途中に青砥藤綱伝説で有名な東勝寺橋も通りますよ。

東勝寺跡には何もありません。

国指定史跡として、その跡がそのまま残されているだけですけど、谷戸の奥平地が昔お寺が建ってたんだなと思わせてくれます。

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