主馬盛久頸座|不思議な力で命拾いした人物(石碑を読む)

主馬盛久頸座|不思議な力で命拾いした人物(石碑を読む)

2020-09-12

今回は由比ガ浜大通りの中央付近にある、主馬盛久の石碑を読んでみました。
この石碑を読むまでは、盛久だれだか、全く知りませんでしたー。

主馬盛久之頸坐

盛久頸座

「主馬盛久之頸坐」石碑の場所

石碑に書かれている文字は?

盛久ハ主馬入道盛國ノ子ニシテ平家累代ノ家人ナリ、然ルニ平家滅亡ノ後京都ニ潜ミ年来ノ宿願トテ清水寺ニ参詣ノ帰途北條時政人ヲシテ召捕ヘシメ鎌倉ニ護送シ文治二年六月此地ニ於テ斬罪ニ処セラレントセシニ奇端アリ
宥免セラレヘ頼朝其所帯安堵ノ下文ヲ給ヒシトイフ

昭和十年三月 鎌倉町青年團建

主馬盛久は主馬盛国の子で、平家に代々家臣として仕えている。
よって、平家が滅亡の後は、京都に潜んで長年のお願い事を清水寺にて参詣した帰り、北条時政らに捕まり、鎌倉へ送られた。
1186年(文治2年)6月、この場所で斬首刑に処せられるときに、不思議なことが起り、罪を許された。
そればかりでなく、源頼朝は一家の安堵の文書を与えた。

昭和10年3月 鎌倉町青年団建

※間違っていたらごめんなさい。

事前知識(漢字・用語編)

奇端:きたん|不思議な話
宥免:ゆうめん|罪を許する事
:ジョウ|あまる、あまり

事前知識(歴史編)

主馬盛久(平盛久)

生没年不詳。平安時代後期の武将。平盛国の八男。

平盛国

1113-1186年。伊勢平氏の武将。平清盛の側近。
1185年、壇ノ浦の戦いで平家一門が滅びると、宗盛と共に鎌倉に送られるが頼朝が一命を助けた。

大河ドラマ「平清盛」では、上川隆也さんが演じられています。

能と狂言(曲目:盛久)

この主馬盛久の不思議な出来事は能楽で使われているようです。(能の事は良く分かりません・・)

銕仙会 能楽事典

鎌倉能舞台

めっちゃ薄いですけど、謡曲「盛久」についての説明板もあります。

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