平知康|鼓の名手、北面武士をきっかけに後白河法皇の近臣へ
平知康(たいらのともやす) 生没年不詳北面武士(平氏の武士)がきっかけとなり、後白河法皇の信頼を得て近臣となる。 大河ドラマ「義経」では、草刈正雄さんが演じら…
鎌倉に住んで、働いて、食べて、走って、遊んで、記録して、整理しています
平知康(たいらのともやす) 生没年不詳北面武士(平氏の武士)がきっかけとなり、後白河法皇の信頼を得て近臣となる。 大河ドラマ「義経」では、草刈正雄さんが演じら…
公暁(くぎょう、こうきょう) 1200-1219鎌倉幕府2代将軍「源頼家」の次男。叔父の源実朝(3代将軍)を父の敵として殺害。その後、自身も討ち取られる。幼名…
平維盛(たいらのこれもり) 1159-1184平家一門の武将。平重盛(清盛長男)の嫡男。19歳の頃に父重盛が亡くなって以降、苦悩が続く。 https://tw…
対面石八幡神社 八幡神社なので、ご祭神は応神天皇(誉田別命|ほんだわけのみこと) 創立年代は不詳ですが、平安時代に制定されている2社 ・小川泉水神社(伊豆国)…
上総(権介)広常(かずさ ひろつね) 生誕不詳-1184。上総介広常。元源義朝の郎党。上総国を中心に大きな勢力を有していた御家人。頼朝の意を汲んだ梶原景時に誅…
藤原頼経(ふじわらのよりつね) 1218-1256。摂関家、藤原(九条)道家の三男。幼名は三寅。九条頼経とも。 第3代将軍「源実朝」が甥の公暁に暗殺されたため…
佐々木盛綱(ささき もりつな) 1151-死没不詳近江源氏佐々木氏棟梁「佐々木秀義」の三男。別名三郎。 佐々木盛綱の簡易年表 時期年齢出来事仁平元(1151)…
藤戸の戦い(治承・寿永の乱) 元暦元(1184)年12月に藤戸(現倉敷市)で行われた源平合戦の一戦。 木曽義仲に敗れて西海に逃れていた平家軍は屋島に本拠を、児…
屋島の戦い(治承・寿永の乱) 元暦2(1185)年 2月18~21日 一ノ谷の戦いで惨敗した平家軍が、安徳天皇を奉じて屋島の讃岐壇ノ浦に本拠を構えていた場所に…
北条時房(ほうじょうときふさ) 1175-1240北条義時の異母弟(ひとまわり幼い)で四郎義時に続く、五郎が別名。改名前は北条時連(ときつら)。鎌倉幕府の初代…
今回は「宇津宮辻幕府(宇都宮辻幕府)」についての石碑を読んでみました。11年間という短い期間ですが、初の摂家将軍「藤原頼経」が長く住んでいた場所ですね。 ちな…
阿野全成(あのぜんじょう) 1153-1203 源義朝の7男で、頼朝の異母弟、義経の同母兄。駿河国阿野荘を領有した。悪禅師と呼ばれ、頼朝の信任を得るも死後、源…
仁田忠常(にった ただつね) 1167-1203。伊豆国仁田郷(現、静岡県田方郡函南町)の住人。伊豆箱根鉄道駿豆線には「伊豆仁田」駅があります。 吾妻鏡には、…
加藤景廉(かとう かげかど) 1156?-1221藤原北家流の流れを汲む加藤景員の次男。別名は藤次郎。加藤次(吾妻鏡の表記に多い)など。伊勢国を本拠とする伊勢…
亀の前(かめのまえ) 生没年不詳良橋太郎入道(よくはしたろう)の娘 流人時代の伊豆での生活の頃から側に仕え、容貌がすぐれているだけてなく、性格も穏やか。頼朝と…
北条泰時(ほうじょうやすとき) 1183-1242偉大な「北条義時」を父に持つ、鎌倉幕府第3代執権。御成敗式目を制定し、鎌倉に切通や港を築くなど、名君として知…