神護寺(京都)|紅葉の名所で、文覚上人が再興、源頼朝と出会うきっかけともなった寺院
神護寺の歴史 神護寺は真言宗のお寺、遺跡本山(お寺のランク)です。元々「高雄山寺」があったこの場所に、和気清麻呂という平安京造営の最高責任者が別の寺院を移して…
鎌倉に住んで、働いて、食べて、走って、遊んで、記録して、整理しています
神護寺の歴史 神護寺は真言宗のお寺、遺跡本山(お寺のランク)です。元々「高雄山寺」があったこの場所に、和気清麻呂という平安京造営の最高責任者が別の寺院を移して…
後鳥羽天皇(後鳥羽上皇) 1180-1239 第82代天皇、後白河天皇の孫で、安徳天皇の異母弟。藤原定家らに勅撰集の命を下し「新古今和歌集」を編纂。 鎌倉幕府…
和田合戦の全貌 和田合戦の原因:泉親平の乱 建暦3(1213)年2月15日 和田合戦が起きる約三か月前の出来事 御家人の千葉介成胤が一人の法師を生け捕って、北…
和田朝盛(わだ とももり) 生没年不詳。和田義盛の孫。父の和田常盛は和田義盛の嫡男。源頼家、実朝に仕える。和田合戦では生き残るも、承久の乱では後鳥羽上皇方につ…
稲毛三郎重成(いなげ しげなり) 生没年不詳の鎌倉時代初期の鎌倉幕府御家人。武蔵国稲毛荘を領した御家人で、川崎市多摩区の現生田緑地(枡形城址)や広福寺にゆかり…
平賀朝雅(ひらが ともまさ) 生誕不詳-1205。武蔵守。北条時政の後妻(牧の方)の娘婿。北条家内と対立して殺害された。平賀朝政とも。 上記の「幻の将軍(著:…
今回は、畠山重忠が北条時政の策略にハマり自害、滅亡した場所、横浜市旭区の二俣川古戦場(最寄り駅は相鉄本線鶴ヶ峰駅)へ行ってきました。 行ってきました二俣川古戦…
以仁王(もちひとおう) 1151-1180 後白河天皇の第三皇子。全国の源氏に平家打倒の挙兵を促した「以仁王の令旨」を出し、治承・寿永の乱のきっかっけを作った…
長沼宗政(ながぬま むねまさ) 1162-1240 下野国の有力豪族「小山政光の次男」兄の小山朝政と、弟の結城朝光と共に鎌倉幕府の御家人として源頼朝に仕える。…
畠山重保(はたけやま しげやす) 生年不詳-1205 畠山重忠と北条時政の娘の子。通称は六郎。 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、畠山重保役を「杉田雷麟(すぎ…
三浦胤義(みうら たねよし) 生誕不詳-1221 三浦義澄の末子(9男)、三浦義村は兄鎌倉幕府の御家人だが、承久の乱では後鳥羽上皇方(京方)に与し、鎌倉幕府軍…
一条実雅(いちじょう さねまさ) 1196-1228。鎌倉時代の公卿。一条能保の子。 母は異なるが、大姫との縁談が進められた一条高能(破談となった)、尊長(承…
伊賀の方(いがのかた) 生没年不詳。鎌倉幕府2代執権北条義時の後妻。7代執権になった北条政村、金沢流北条氏の北条実泰、を産んでいます。 伊賀の方は、藤原秀郷(…
源仲章(みなもとのなかあきら) 生誕不詳-1219 宇多源氏、源雅信(左大臣|藤原道長の妻の父)の後裔。後鳥羽天皇に仕えつつ、鎌倉幕府の御家人としても活躍。 …
源実朝(みなもとのさねとも) 1192-1219。源頼朝と北条政子の間に生まれた次男。幼名は千幡。鎌倉幕府第3代征夷大将軍。武士として初めて「右大臣」に。歌人…
梶原一族の最期、駿河国にて 梶原一族いくさの跡 説明板 光鏡院(静岡市葵区瀬名1-38-36|梶原山山頂への坂道に入る手前にある寺院)の山門横にある説明板。 …