源頼政|平清盛から信頼された源氏の長老、以仁王と結んで挙兵を計画

源頼政|平清盛から信頼された源氏の長老、以仁王と結んで挙兵を計画

2021-09-24

源頼政(みなもと の よりまさ)

1104-1180。保元の乱と平治の乱を勝ち抜き、源氏として破格の従三位に昇叙された摂津源氏一門。

晩年は平家の横暴に耐えかねて、以仁王と組み全国の源氏へ平家打倒の声を上げ、源頼朝が鎌倉幕府を成立させたきっかけを作った人物。

源頼政の簡易年表

時期年齢出来事
長治元(1104)年0誕生(父:源仲政)
父仲政の下総守の赴任に同行する
保延年間家督を譲られ、鳥羽院に仕え、美福門院(藤原得子)とも交流する
保元元(1156)年53保元の乱
後白河天皇方に与し勝者へ
平治元(1159)年56平治の乱
二条天皇を擁する清盛に味方し勝者へ
治承2(1178)年74平清盛の推挙により従三位に昇叙
治承4(1180)年764月9日
密かに以仁王の三条高倉御所に参上し、平治打倒の令旨を下される
4月27日
高倉宮(以仁王)の令旨が、頼朝のいる伊豆国北条館へ到着
5月26日 以仁王の挙兵
三井寺から南都興福寺へ向かう途中、宇治平等院で平家軍に討たれる

源頼政周辺の系図

源頼政は清和源氏の頼光流(摂津源氏)の流れを組みます。

保元の乱・平治の乱で戦ったりした河内源氏の源為義、義朝、以仁王の令旨を受け取った源頼朝とは、多田満仲で分かれています。

源経基(経基王)
 |
多田満仲
 ├-----------┬----------┬
頼光(摂津源氏)    頼親(大和源氏)    頼信(河内源氏) 
 |                      |
 頼国                     頼義
 |                      |
 頼綱                     頼家
 |                      |
 仲政                     義忠
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 頼政                     為義
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                        義朝
                        |
                        頼朝

源頼政ゆかりの地

平等院(世界文化遺産|古都京都の文化財)

宇治にある平等院は、永承7(1052)年に関白の「藤原頼道」によって父「藤原道長」の別荘を寺院に改めて創建した場所。阿弥陀如来を安置する鳳凰堂が有名ですが源頼政の終焉の地とされ墓所があります。

源三位頼政公墓所

最勝院の境内の中にある宝篋印塔です。命日は5月26日。
平等院を訪れる多くの方の目的は「鳳凰堂」なので、ココを見に来る方は、ほぼいらっしゃいません(汗)

扇ノ芝(頼政公終焉の地)

宇治川の橋合戦で敗れた頼政が自害したとされる場所が扇ノ芝。
表門を入ってすぐの左へ向かう道を歩いて行くと扇ノ芝があります。観音堂の裏手です。

鎌倉の歴史把握に役立った書籍

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