阿仏尼|鎌倉時代の紀行文「十六夜日記」で巡る鎌倉散策、浄光明寺他
今回は、鎌倉時代の紀行文「十六夜日記(いざよいにっき)」を起点に、鎌倉検定本の範囲内を中心に鎌倉を見て行きたいと思います。 十六夜日記とは 十六夜日記は紀行文…
鎌倉に住んで、働いて、食べて、走って、遊んで、記録して、整理しています
今回は、鎌倉時代の紀行文「十六夜日記(いざよいにっき)」を起点に、鎌倉検定本の範囲内を中心に鎌倉を見て行きたいと思います。 十六夜日記とは 十六夜日記は紀行文…
岩瀬与一太郎義正(いわせ よしまさ) 生没年不詳 陸奥国奥七群を支配していた佐竹隆義の嫡男「佐竹義政(弟に佐竹秀義)」の近習。陸奥国大宮郷岩瀬(現、常陸大宮市…
大佛次郎(おさらぎじろう) 1897(明治30)-1973(昭和48)小説家。横浜から鎌倉へ移住し、長谷、材木座、雪の下(没年まで)に住みました。 ナショナル…
今回は住宅地の中に申し訳なさそうに設置してある石碑「土佐坊昌俊」を読んでみました。この石碑を読むまで、この人知りませんでした。。。 鎌倉検定の公式テキストブッ…
平景清(たいら の かげきよ) ?-1196。平家に仕える武士。平家の都落ちに従ったため「平景清」と言われているが、本来は、藤原秀郷の子孫の伊藤氏で、藤原景清…
今回は鎌倉に所縁のある人物、文豪「川端康成」にフォーカスを当ててみました。小説家以外の一面が見られました。 川端康成(かわばた やすなり) 1899(明治32…
平徳子(建礼門院) 1155-1214 平清盛の娘にして、高倉天皇の皇后、安徳天皇の母父清盛が亡くなってからは、高倉天皇も病死、平家一門も滅亡に向かい、子の…
熊谷(次郎)直実(くまがい なおざね) 1141-1208。武蔵国熊谷郷(現埼玉県熊谷市)を本拠地とした武将。私市党関係者。一ノ谷の戦いで平敦盛を討ち取ったこ…
一条(源)忠頼(いちじょう ただより) 生誕不詳-1184。父は甲斐源氏の嫡流「武田信義」。甲斐国山梨郡一条郷を領したことから、一条氏を名乗りました。藤原氏に…
海野幸氏(うんの ゆきうじ) 1172-?信濃国の名族「滋野氏」の嫡流「海野氏」当主。弓の名手。父の海野幸親が木曽義仲の家臣として行動し、子の海野幸氏は同い年…
九条兼実(くじょうかねざね) 1149-1207。五摂家のひとつ、九条家の祖。藤原北家、摂政・関白「藤原忠道」の六男。反平家。兼実が書いた日記「玉葉」が有名。…
工藤祐経(くどう すけつね) 1147?-1193先代からの相続による遺恨から、伯父の嫡男を射殺し、残された幼き兄弟(曽我兄弟)から恨まれて、有名な「曽我兄弟…
曽我祐信(そがすけのぶ) 生没年不詳。曽我太郎祐信とも。相模国曽我荘の領主で、曽我兄弟の養父(継父)となる。鎌倉幕府の御家人。 https://twitter…
八田知家(はった ともいえ) 1142-1218。13人の合議制の一人。頼朝より5歳年上。下野宇都宮氏当主「八田宗網(宇都宮宗網)」の4男。八田四郎。また、小…
若狭局(わかさのつぼね) 生年不詳-1203比企尼の猶子で武蔵の御家人「比企能員」の娘にして、鎌倉幕府2代将軍「源頼家」の愛妾(または妻)。 頼家の嫡男「一幡…
池禅尼(いけのぜんに) 1104-1164平忠盛の正室。平清盛の継母(北条義時でいうと牧の方)。出家前の名前は「平宗子」。 大河ドラマ「平清盛」では、和久井映…