常盤御前|「日本一の美女なり」と義経記に書かれた源義経(幼名:牛若)の母

常盤御前|「日本一の美女なり」と義経記に書かれた源義経(幼名:牛若)の母

常盤御前(ときわごぜん)

1138-没年不詳
源義朝の側室で、源義経・阿野全成の母

大河ドラマ「義経」では、常盤御前役を「稲森いずみ」さんが演じられています。
大河ドラマ「平清盛」では、常盤御前役を「武井咲」さんが演じられています。

常盤御前の経歴

時期年齢出来事
保延4(1138)年0誕生
九条院(近衛天皇の皇后)に仕える
源義朝の側室となる
平治2(1160)年22平治の乱にて、夫:源義朝が逃亡の末、野間で失命
子どもたちと大和の里に身を隠すも、六波羅に自首
平清盛の妾となる
長寛2(1163)年25(藤原)一条長成と結婚し、一条能成を産む
文治2(1186)年48源義経が、兄の源頼朝と対立
鎌倉方に義経の異母妹と共に京都内にて捕らえられる
釈放後、その後の消息は不明
※晩年は生まれ故郷の常盤の里に隠棲したと伝わる

吾妻鏡より

常盤御前が鎌倉方に捕らえられる

文治2(1186)年 6月 13日

雑色の宗廉が京都から鎌倉へ到着
「去る6日、京都の一条河崎の観音堂(感応寺)あたりで、義経の母(常盤御前)と、妹ら(一条長成の娘)を探し出して捕らえました。鎌倉へ進めた方が良いでしょうか」とのこと。

吾妻鏡には、その後の常盤御前に関する記述がないため、鎌倉へは連れて来ていないようです。

常盤御前周辺の系図

  源為義               [藤原北家中関白家]
   |                    |
  源義朝=======常盤御前=======一条長成
  ┏-----╋-----┓     ┣------┓ 
阿野全成   義 円   源義経   一条能成   女 子

夫:源義朝

源義朝は保安4(1123)年生まれのため、常盤御前より15歳年上。
また、阿野全成を16歳頃に生んでいます。

常盤御前サイドストーリー

山中常盤物語

『山中常盤物語』は、奥州へ下った牛若丸を訪ねて、都を旅立った母の常盤御前が、山中の宿で盗賊に殺され、牛若がその仇を討つという物語。

その「山中常盤物語」を題材にした「山中常盤物語絵巻(重要文化財)」という全12巻・全長150メートルを超える極彩色絵巻があり、絵師の「岩佐又兵衛」が作成しました。

今は、熱海の「MOA美術館」に所蔵されています。

絵師:岩佐又兵衛

1578-1650 江戸時代初期の絵師。元々は武士(織田信長家臣、荒木家)の子。

荒木一族が、織田信長に反旗を翻して失敗し、ことごとく斬首されるなか、2歳の又兵衛は石山本願寺に保護される。その後、京都で絵師として活動を始める。浮世絵の元祖と呼ばれることも。

常盤御前ゆかりの地

源光寺(右京区)

常盤御前が晩年隠棲したと伝わる「常盤」にあるお寺。
常盤御前についての説明板があり、その奥には常盤御前のお墓があります。

お墓のような石塔が沢山並んでいて、立ち入り禁止で近づけない為、どれが常盤御前の墓か分かりませんが・・・。

嵐電北野線「常盤」駅

源光寺の最寄り駅は、嵐電「常盤」駅。
ここから歩いて約200mと3分くらいの距離にあります。住所も常盤窪町とか、常盤が溢れています。

宝樹寺(東山区)

浄土宗西山禅林寺派のお寺

本堂に安置している「薬師如来坐像」は、「子そだて常盤薬師(非公開)」と呼ばれていて、常盤御前が、今若、乙和若、牛若の三児の生長を祈願した像と伝わっています。

境内には。常盤御前が大和(奈良県)へ逃れる際に、この地の松の下で雪が降るのを避けた「常盤御前雪除けの松」と呼ばれる残株があります。

宝樹寺は、JR奈良線・京阪本線「東福寺」駅を出て、北側へ約150mです。

京都散策に役立つ本

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