大蔵幕府|鎌倉で源頼朝が過ごした、武家政権の最初の中心地(石碑を読む)

大蔵幕府|鎌倉で源頼朝が過ごした、武家政権の最初の中心地(石碑を読む)

2020-06-26

今回は大蔵幕府旧跡の石碑を読んでみました。

昔の武家政権の中心地ですけど、今の鎌倉は若宮大路と鶴岡八幡宮が中心地になってるので、結構離れた場所が中心地だったんだなと思ってしまいますね。

大蔵幕府旧跡

大倉幕府旧跡

「大蔵幕府旧跡」石碑の場所

石碑に書かれている文字は?

今ヲル七百三十七年ノ昔治承四年源頼朝邸ヲ此ノ地ニ営ミ後覇権ヲ握ルニ及ビテ政ヲ此ノ邸中ニ聴ク
所謂大蔵幕府是カリ
爾来頼家實朝ヲ経テ嘉禄元年政子薨ジ幕府ノ宇津宮辻ニ遷レルマデ此ノ地ガ覇府ノ中心タリシコトニ四十六年間ナリ

大正六年三月建之 鎌倉町青年會

今から遡ること737年前、1180年(治承4年)源頼朝邸をこの場所に建てた後に覇権を握って、政治をこの邸宅内で行っていた、いわゆる大蔵幕府である。
それ以来、頼家実朝を経て、1225年(嘉禄元年)北条政子が亡くなり、幕府が宇津宮辻に遷るまで、実に46年間、この場所が政治の中心だった。

大正6年3月建 鎌倉町青年会

※間違っていたらごめんなさい。

大蔵幕府跡と思われるところに現在「清泉小学校」が建っていますが、その小学生らが石碑を解読したポスターを掲示してますね。フリガナや現代語訳まで。参考になります!

事前知識(漢字・用語編)

:キョ、へだてる|一方から一方まで間が大きくあくこと
爾来:ジライ|それ以来
:現在の「実」

事前知識(歴史編)

治承四年

1180年。じしょう。1177-1181年、高倉天皇、安徳天皇の時代

嘉禄元年

1225年。かろく。1225-1227年、後堀河天皇、藤原頼経(将軍)、北条泰時(執権)の時代

大蔵御所(大蔵幕府)

御所とは

御所とは、特に位の高い貴人の住宅のこと。鎌倉では幕府は将軍の自宅という認識で大丈夫かと。
後の、宇津宮辻御所若宮大路御所も、摂家将軍や親王将軍の邸宅。

大蔵の地

本来は、父「源義朝」の邸宅があった亀ヶ谷(現寿福寺)が候補だったが、手狭&菩提を弔う寺院があったためにこの大蔵の地になったと。

寿福寺

昔は海からの流通が大切だったと思われるので、六浦と通じている金沢街道沿いが良かったんじゃないかと。

そして、地図を見て思うのですが、真西に「鶴岡八幡宮」、真南に「勝長寿院」、真西「荏柄天神社が有ったのは偶然じゃないでしょうね。

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